クリエーターズ・マインド

誰だって「写真家」で「作曲家」。クリエーターは、自らにレッテルを貼っていこう!

「レッテルを貼る」という言葉がありますね。

他人や事象に対する「決めつけ」や「先入観」をいさめる時に使う、あまりいい意味では使われない表現です。

では、その「レッテル貼り」を、クリエーターであるあなた自身が、自分に対して行うとどうなるか。

これは「わたしはダメな人間だ」と言った類の、ネガティブで決して根拠のない決めつけではなく、「わたしは〇〇の専門家だ」と客観的にラベルを貼る作業です。

たとえば、あなたが写真好きで、作品をPixabayに投稿し世界中のクリエーターに貢献しているなら、もはや立派な「写真家」。

音楽を作ることができて、SoundCloudに発表していれば、その時点で「作曲家」なんですよね。

筆者は、この「自分に対するレッテル貼り」こそ、クリエーターが創作へのモチベーションを維持するための大切な心がけだと感じます。

今日は、初心者からプロまで、あらゆる表現者が「自ら専門家を名乗り、行動すること」の意義について考えます。

ある表現を追求しているなら、あなたは「専門家」を名乗るべきだ。

wikipediaでは、「専門家」をこのように定義しています。

技術芸術・その他特定の職域に精通し、専門的な知識能力のある人のこと。

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/専門家

…なんとも拍子抜けするような記述ですね。

まあ「専門家」といっても非常に広範ですから、こう表現するしかないんでしょう。

ただし「公認会計士」「税理士」「弁理士」「宅地建物取引士」については、国内法で「専門家」と明示されています。

これらの士業になるには、国家資格に合格しなければならないので、さすがに勝手に名乗ることはできませんね。

水準に達しているかは関係ない

しかし先に挙げた士業はともかく、ある分野に携わっていて知識をもち、専門的な活動をしているなら、誰だって専門家と名乗って良いのです。

ポイントは、名乗る際にその専門的知識やスキルの度合いは一切問われないこと。

たとえ「政治家」であっても、政治を志そうとする人なら名乗っていい肩書きです。

ですから、もしあなたが普段からスマホで写真を撮り、その作品をネット上などで公開しているなら、自ら「写真家」と名乗った瞬間、あなたは「写真家」なのです。

ぜひ今日から、自らを「フォトグラファー」「ミュージシャン」「イラストレーター」と、じゃんじゃんブログやSNSのプロフィールなどで名乗ってください。

この後述べますが、その瞬間「あなたの世界が変わります」。

「〇〇家」を名乗る意義は、その道の専門家として振舞うことにあり

さて、あなた自身に「専門家」のレッテルを貼ると、どのようなメリットがあるのでしょうか。

言うまでもなく、自己の顕示欲を高めるためではありません。

大切なのは「自らを専門家と宣言し、作品や情報を発信し続けていく」ことです。臆さずにガンガン、作品をアウトプットしていきましょう。

できれば「その道の先生」として、責任を持ちながら情報発信を行うと、あなた自身のスキルアップにつながるのと同時に、間違いなくあなたの影響力が高まります。

最初からその分野を知り尽くしている人など、一人もいない

筆者の話で恐縮ですが、くらんけは当ブログとは別に「Gadget-Junkies.net」という、レクチャー系コミュニティーサイトを運営しています。

KORG GadgetというiOS音楽制作アプリにフォーカスし、初心者向けのチュートリアル記事をメインに据えるサイトですが、他のブログやTwitterを見ると、KORG Gadgetについて筆者以上に詳しい人は沢山います。

そのことを重々知りつつも、3年前に「Gadget-Junkies.net」を始めるにあたり「大好きなKORG Gadgetを解説する先生として情報発信していこう!」と決意し、分からないことは調べながらサイトの運営を続けています。

その結果サイトは成長し、Googleで「KORG Gadget」と検索すると上位表示され、草の根ユーザーコンペティション「GadgetSonic 2018」の共催で138エントリーを集めるなど、一定の成果を上げることができました。

繰り返します。専門家を名乗る上で、人並み外れた知識やスキルを持っている必要はありません。

大切なのは「専門家を名乗る→その分野のアウトプットを促進させること」なのです。

クリエーターが自らを謙遜・卑下しても、何も得るものがない

しかし大抵のアマチュア・クリエーターは、自分程度のスキルでおこがましいと思うのか、「写真家」「作曲家」とは名乗りません。

それどころか「あくまで趣味で…」「下手の横好きで…」などと、謙遜だか日本人の美徳だか知りませんが、自らを濁してしまうことも。

これは「まだまだクオリティーに達してないから、発表するのをやめよう」という発想に通底する、実に勿体ないマインドだと思います。

作品を観たり聴いたりされる以前に、自ら「自信なさげレッテル」を貼ってしまって、損をしているわけですね。

「自分の実力なんてまだまだですが、良かったら聴いてください」というのは「脱サラ3日目で打った蕎麦ですが、良かったら食べてください」と宣っているようなもの。

作品の良し悪しを判断するのは受け手側です。その間口を自ら狭めるような勿体ないことはしないでください。

表現者が自らを卑下することで得られるのは、心ないコメントで傷つくリスクを回避できることぐらいでしょうか?「こんなレベルで作曲家気取りw ププww」みたいな。

まず、そのような実際に起こってもいないことを懸念するのは、単なる妄想でしかないと言っておきます。

そして、もしネガティブな反応があったとしても、率直に言って、そんな声を気にすること自体がナンセンス。

ネット上でもリアルでも、戦う人を笑う戦わない人は必ずいるもの(って歌ありましたよね?)。

そんな輩を相手にすることはありません。私たちは、前を向いていきましょう。

今日の処方箋

  1. 音楽を作れる人や、写真が撮れる人は、ぜひ自身を「作曲家」「写真家」だと名乗りましょう。スキルや知識量は関係ありません。
  2. それを行う意義は、自らそう名乗りレッテルを貼ることで、その道に生きる専門家としての「アウトプット」を促進させることにあります。
  3. 最初から完璧な知識を持ち合わせている人などいません。学びながらアウトプットしていきましょう。

以前「たけしの誰でもピカソ」というテレビ番組が放送されていました。

「芸術をフツーの目線で楽しむ」というコンセプトで、あらゆるアートを娯楽的に楽しむ番組でした。

筆者はこの「誰でもピカソ」という番組タイトルに、とても共感します。

表現者は誰だってミュージシャンだし、フォトグラファーだし、イラストレーターでいい。

ネット社会となり、一個人が様々な発信を行える環境が整い、今は民主的で、とても幸せな状況だと言えます。

私たちはその恩恵を最大限に享受し、ぜひアウトプットを続けてまいりましょう。

本日のカルテは、ここまで。

「嫌われる勇気」の著者によると、「今が幸せであると気づいた瞬間、その人は幸せになれる」そうですよ。

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